ごろた石の幸せ

うつ病の末たどりついた静かな場所

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世界は許すことで溢れている

本文を始める前に書かなければいけないことが色々とあるのかもしれませんが、今回はとにかく投稿を目指します。(≧▽≦)



今年になって、不思議と自分を取り巻く『運気』みたいなものが変わったなと感じております。

一週間ほど前のことです。寝起きのモヤモヤとした頭の中に、パッと鮮明なキーワードが浮かびました。


『自分を許す』


私は飛び起きて早速ネットでキーワードを検索したのですが、このところ勝手に封印していた【斎藤一人さん】という文字を見て「うわぁ・・・やられた」と(勝手に)思うと共に、なにかとても重要な領域に辿りつくことができたのではないかと感じました。


3.11の震災以降、焦っていたのは事実です。それでも「他人は変えられない、世界は変えられない」と念仏のように唱え「自分が変わらなくては」と自分に無理をさせた結果、昨年病気で死にかけました。

結局、私は昔から「自分の体は自分のもの、自分の心は自分のもの」と勘違いしていたのだと思います。でも実際は、自分の心も体も、思い通りになることなどまずありませんでした。

『他人を許す』ことが幸せにつながることは感情的な部分は別にしたら意外と解り易い気がします。ですが『自分を許す』となると最後の砦が崩壊したような気分になってしまっていました。つまり、あることを許すと別の許せないことが出てきてしまう。

簡単な例えで言うと、ダイエット中にケーキが我慢できない自分を許すとデブデブという更に許せない自分が発生する、といったところでしょうか。今回気がついたのはそんなデブデブな自分も許しちゃおうという意志の弱そうな話です。


軽く調べたところによると

 赦す=なかったことにする
 許す=認める

みたいな感じでした。

私がいま興味があるのは『許す』の方ですが、結局は許せないことがあるから許すことができるので、簡単に許せることは最初からほぼ許しているわけで、許し難いことを許すことに『許す』醍醐味があるのでしょう。

許せない自分を許して、赦してしまう自分も許して、苦しみながら何処までも許し難いことを許そうとしてみる。そのうち「これならちょっと工夫すれば許せる」というところに辿りついたら、それが今の自分の実力で許せる、大きな『許し』につながる最短距離で最速な最初の一歩であると思えたのです。


約束をしたら守る、旅に出たら家に帰る。許し難いことを許す。回転することに意味がある。

赦してばかりいたら、ただのデブデブになってしまう。


許し難いことはたぶん『我』と関係していて、許す度に我が少しずつ取れていく。自分自身も含め、世界は許し難いことで溢れ、同時に幸せの素で溢れている。



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