ごろた石の幸せ

うつ病の末たどりついた静かな場所

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

逃れる方向

新年あけましておめでとうございます。m(_ _)m


なにか大きな問題にぶつかった時、問題解決の糸口は、そこから90度視点を変えた方向にあるという話を今回はさせて頂こうかと思います。

たとえば線路上を歩いている時に、正面から特急列車がやってきたとします。もしこれが足の遅い子豚だったら、真っ向から勝負を挑んでもなんとか勝てるでしょうし、反対方向に向かって走って逃げても逃げ切れることでしょう。

ですが相手が特急列車となると、そうもいきません。

ではどうやって問題を回避するかというと、まぁ普通に考えて、線路脇にヒョイと避ければいいわけです。ジャンプ力に相当自信があるなら長い列車を飛び越えてもいいだろうし、車両の下に十分なスペースがあるなら身を伏せて列車が過ぎ去るのを待つのもひとつの手です。

とにかく、線路という一次元で発生した問題から逃れるには、90度視点を変えた左右や上下といった二次元方向に向かえば安全ということになります。


箱に詰められたボールの場合はどうでしょう。縦3列×横4列の柔らかい軟式テニスボールのような物を想像してみてください。

箱の大きさが変わらないまま、それぞれに空気を入れて膨らませると、隙間にゆとりがあるうちは問題は発生しませんが、隙間が無くなると今度は潰し合いが始まります。この状況は現在の社会の姿に似ています。

自分が成長するためには他人の持ち分を何とかして貰わなくてはなりません。誰かが勝手に潰れてくれれば、これ幸いとその空いた隙間に皆が群がる。身を犠牲にして譲ってくれる人がいれば申し訳ない、ありがたいと口では言いながら、やはり群がる。故意に誰かを潰してしまえば手っ取り早く空間ができますが、そうすると今度は自分が潰されてしまうので、上手く気づかれぬよう皆から少しずつ奪う。

悲しいかな、現在の社会は「助け合い」のキレイな旗の元に、見て見ぬふり、気づかぬふりの奪い合い社会になっているように私は思えてなりません。

誰かが幸せになるために誰かが犠牲になるのだとしたら、進んで犠牲になるのはいつも「優しい人」です。このままでは「優しい人」が絶滅してしまいます。


限られた空間の中で問題を解決しようとすれば奪い合いは避けられません。ですが実際は、箱の中で強度が同じくらいの軟式テニスボールをそれぞれ膨らませると、ポンと縦方向に飛び出すボールが出てきます。二次元で起きた「奪い合い」の問題は三次元方向に逃れることで誰も潰すことなく問題は解決します。

より高次元にボールを押しだすのに大切なことは、それぞれが「潰れない」ことです。「勝つこと」ではなく、「負けないこと」が大切になってきます。ギリギリのせめぎ合いの中で、平和に問題を解決したいと願う人が次の次元へと行けるのです。


我々三次元の人間が次に押し出されるのは四次元ということになるのかもしれませんが、残念ながら現在の人間は五感で四次元を感じ取ることが出来ません。

それでも、井の中の蛙が天を見上げたように、巨大な低気圧の中心に青空と上昇気流が生まれるように、八方塞がりの不幸の渦の中心にラピュタ・・・ではなく、問題解決の糸口があるように私には思えるのです。




スポンサーサイト
なんちゃって物理学 | コメント:0 | トラックバック:1 |
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。